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oobuta

  • Author:oobuta
  • 静岡県在住の眼鏡をかけたぶたのような人です。
    時々、ひげをはやし熊のようになったりもします。
    最近は史跡探訪にこっているのでHPも作ってみました。
    リンクにありますので興味のある方は見てください。

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伊都国の支石墓と大王墓
伊都国は現在の福岡県糸島市から福岡市西区付近といわれてます。
糸島市では支石墓が見ることができるところが多くあります。

支石墓とは縄文晩期から弥生時代にかけての数個の支石の上に大きい天井石を載せてある碁盤式の墓である
P3023047.jpg
こんな感じです。
新町遺跡のレプリカで木棺になってますが、甕棺のものあるです。

まず志摩新町の新町遺跡
P3023037a.jpg
建物内に遺構が保存展示されてます。
ちなみに志摩歴史資料館の前にも新町遺跡の遺構が復元されてます。
P3023157a.jpg
資料館の方は支石墓と言ってましたが、標柱には古墳時代前期の石棺墓となってます。

長野宮ノ前支石墓
川付の宇美八幡宮の境内にあると言うので行ってみたら麓にありました。
わざわざ登らずにすんで良かったと思っていたら実は神社付近が古墳群になっているそうです。
P3022932a.jpg
移築復元ですが下の石材も見えます。

曲り田遺跡の支石墓
曲り田スポーツ公園のなかにあります。
P3023083a.jpg
天井石がぽつぽつと見れます。
余談ですが、復元住居があるはずなんですが、柵しかありませんでした。
焼けちゃったのかな?

支登支石墓
東風小学校の近くにあります。
P3023172a.jpg

平原遺跡
平原歴史公園として整備されてます。
5基の墳丘墓が見つかってますが、1号墓の墳丘が復元されてます。
P3023204a.jpg
多く銅鏡などが見つかっていて王墓を言われてますね。
出土品は伊都国歴史博物館に展示されてます。
ここには主体部のレプリカもあります。

三雲南小路遺跡国内最大級の弥生王墓(説明板より)
三雲の細石神社の西方にあります。
P3023255a.jpg
東西32m、南北31mの方形区域となっていて、2つの甕棺が見つかってます。
銅鏡・銅剣が見つかってます。

幻の王墓、井原鑓溝遺跡
三雲南小路遺跡の南方に説明板がありました。
P3023262a.jpg
江戸時代に甕棺から多くの銅鏡などででてきた記録があり、井原村と三雲村の境界近くとのことなのでこの辺だと思われます。

ついでに三雲・井原遺跡で3月16日に現地説明会があるようです。
弥生後期初頭・国内最古級の小型仿製鏡が見つかったそうですが。あの辺で発掘調査をしてるとは気がつきませんでした。

石ヶ崎支石墓
平原遺跡の東方の森の中にあります。
資料館でもらった地図では見学困難とかいてありましたが、楽勝でした。
P3023210a.jpg
巨石の天井石がみれます。

井田用会支石墓上石
井田の三社神社境内にあります。
P3023352a.jpg
説明板も設置されてす。
もともとは北400mの水田から見つかりました。
重量は5tを超え国内最大級

井田御子守支石墓の上石
境内にもうひとつあります。
説明板はありません。
P3023357a.jpg
なかなかの巨石です。
こいつは神社から東に300mほどのところで発見されてます。

三雲加賀石支石墓
神社の南西にあるはずなんですが見つけられませんでした。
糸島市のサイトに「三雲加賀石支石墓がありました。」と書いてありました。
過去形?ってことはもうないのか?

これらの支石墓も石材の大きさ副葬品から当時の権力者の墓ではないかと。
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史跡探訪(九州) | 21:55:46 | Trackback(0) | Comments(0)
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