投稿日:2008-11-17 Mon
15日は予定通り船形手黒遺跡の現説へ行ってきた。現説は午後からなのでついでに公津原古墳群39基を見てきた。
今回は東京駅まで高速バスを利用した。
予算がないので出来るだけ安い交通手段にしたかった。
ただ、値段は半分だが、時間は倍。
さらに、首都高で事故渋滞にはまり結局1時間以上の遅れで到着となった。
東京駅で電車に乗り、成田駅についたのは11時近かった。
12時の時点で21号墳まで、このペースで行ったら13時の現説開始には間に合わないけど15時までとなっていたから遅れて行っても大丈夫だろう。
それより39基コンプリートを目指す。
各古墳には墳形の形をした標識がある。

これがあれば古墳で間違いない。
残念ながら26号墳の標識が見つからなかったが、周辺の怪しいところは写真に収めてきた。
家に帰ってから”平家蟹さんの古墳のお部屋”に写真があり該当するものがあった。
良かった、これが心残りだったんでね。
本題の船形手黒遺跡の現説です。
公津原39号墳の南に300mくらいのところに直径約25mの円墳があり調査されました。
船形手黒1号墳(仮)です。(1号ということはほかのもあるのか?)

この古墳には2つの主体部(木棺直葬)があり、石枕・立花・銅鏡・直刀・鉄斧が見つかりました。
石枕に興味があり来たわけです。

石枕というのは石棺に掘り込まれているものだと思っていたがここは違う。
さぞかし珍しいものではないかと思っていた。
しかし、珍しいものではあるが、常総型石枕と言い、千葉県北部から茨城県南部にかけて分布しているらしい。
近くでは瓢塚32号墳(公津原古墳群の1基)からも出土している。
初めて見るものなのでうれしい。
予談だが、成田から東京駅の戻り、高速バスに乗るため八重洲南口を目指し構内を歩く。
柱の周りに警察官が4,5人いた。
何かあったのか?と思いながら横を通り抜けた。
少し進んだ所に、警察官の一人が走って来て「ちょと、リュックの中身を確認させてださいと」
きた。
急いでるんだけどなぜ?と聞くと。
「秋葉原やその後も無意味に刃物で人を刺す事件があったので警戒している」とのことだった。
はいはい、刃物なんか持ってません、どうぞみてください。
リュックの中身をチェックされ、ポケットまで調べられて開放された。
よくよく考えたら、刃物は持っていないと言ったがハサミが入っていた。
あぶなかった、見つかっていたらどうなっていただろうか?
それにしても、見つけられないとはいい加減だな。
ちょっと、チェックされている時に話をしたが、まずリュックを背負っている人や大きなバックを持っている人をターゲットにしているらしい。
刃物が見つかった場合、正当な理由がなければ回収させてもらうと言っていたがそれだけですむのかな?
そもそも、ぼくはシワシワのジャンバーを着て無精ひげを生やし帽子をかぶっていたのであやしい人物にみえたのだろう。
これが、いつものスタイルなんだけどな。
東京へ行くときは考えなければいかんかな?
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