投稿日:2009-10-26 Mon
10月24日、五郎山古墳をみて予想以上に早かったので予備計画び八女市の豊福の石人を捜索することにした。だいたいの場所は分っているが念の為、岩戸山歴史資料館へ行き情報収集。
ここで聞くと非常に分りにくいところにあるので鶴見山古墳の横の道を右折して南の狭い道を左折すると豊福の集落にはいるのでそこで聞くと良いと言ってくれた。
狭い道があった、車のすれ違いができない道だ、やだなと思い進むと鶴見山古墳の東側あたりにでてしまった。
元きた道を戻り途中の分岐で反対側へいくとちょっと広い道にでた。
しばらくすると標柱発見!

この横の小道を進むのか、車で入っていくのは怖いので先の空き地に駐車してあるいて行くことにした。
すこし登って左がに入ったところにあった。

この祠の中にあります。

これです。
全体的に削れてしまっている感じ。
うん?この形は鶴見山古墳の石人に似ている。
ただ、大きさはだいぶ小さく感じたが同サイズのようです。
胴付近も良く見ると縦・横の線の掘り込みが見える。
武装石人だろうね。
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この石人、破損がかなり酷いですが、実は現在九州国博に展示されている鶴見山石人とサイズがピッタリ合うそうです。保管場所も鶴見山古墳と非常に近いところにあるので、以前に古墳で見つかってもので、「鶴見山古墳が複数の石人を有していた可能性が高い」と現地説明会で学芸員の人がいっていました。参考まで
2009-10-28 水 06:29:15 |
URL |
蕨手
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鶴見山の石人も見てきましたが豊福の方が小さく感じられましたが、同じサイズですか。
修正しておきます。
修正しておきます。
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